Answer Left 03 クレイドル21奪還




気違いが一人いた。本来ならば窓に鉄格子のはめられた病院に押し込まれ、偏見と軽蔑という名の愛を存分に受けて育つような男。 しかしどういうわけだか見出された適所に収まり、今ではスポットライトの中で喝采を浴びることすらある。 こういうことは歴史の狭間に時々起こる。

−−具体的に説明しよう。インヴェルは戦闘依存症だった。戦闘恐怖症はよく耳にするが、まさにその逆。 常に銃弾が自分を掠め、自らが命の危機にさらされ続けていないと神経が落ち着かないという奇病だ。

医者は「兵隊になるほかない」と言った。
それにしても、彼の住んでいたコロニーがアスピナだったのは全くの偶然であり、彼自身にとっては幸運と言うべきだろう。 リンクス戦争の激動の中、彼は被験体としてアスピナに迎えられることになる。 そこで彼は治癒の可能性を100%放棄し、その代わりに生きゆく場所と目的を得たのだった。

後天的に植え付けられた過度のAMS適性を遺憾なく発揮し、JUDITHをベースとした乗機トライホーンを駆り、 現在はオーメルグループのために尽力している。

その彼と乗機がどうして、試運転中のクレイドルにいるのか。この問いに答えるためには、もう一つ説明しなければならないことがある。

リリアナ。かつてラインアーク過激派と呼ばれていたその組織は、母体から追放された今、クレイドル体制に反対するテロリストとして悪名高い。 ラインアークが企業やクレイドルに縛られない自由な道を目指したのに対して、リリアナの理想は特権階級を大地に引きずり下ろすことにあった。 しかも極めて暴力的に(企業連のそれに比べれば、遙かに可愛いものかもしれないが)。 彼らのリーダーは一人のリンクスだと言われているが、定かではない。

今回の任務はそのリリアナの暴挙に由来する。リリアナに属する部隊が、試運転中のクレイドル21を占拠したというのだ。

企業が敵社のクレイドルを襲撃する事は決してない。 1機のクレイドルに暮らす2000万の市民を同時に手に掛けることは、戦争という無法の枠からも大きく外れる大虐殺に他ならないからだ。 非武装市民への攻撃は、仮にも統治者として君臨している企業達に許される手段ではない。設定の都合上、企業は市民を守るべき存在。

従って、実用化前とはいえ、クレイドルを脅かすリリアナの連中は即時撃滅しなければならない。
−−以上の旨の任務が彼に通達されたのが1時間ほど前。彼がクレイドルに到着したのが10分ばかり前。
そしてたった今、クレイドルを占拠していた最後のノーマルが、彼のアスピナ特製4連チェインガンによって寸々に引き裂かれたところだ。

「リリアナ万歳!リリアナ−−」

言葉尻をノイズと爆発音が引き取ったのを確認して、彼は病人らしい崩れた笑みをこぼした。

「ハ!テロリストらしい最期だな。…こちらネクスト・トライホーン。敵性戦力の殲滅を確認。ヴィヴィアン?」

ヴィヴィアンと呼ばれた女性−−彼のオペレーターは、無線越しに答える。

「お疲れ様です、と言いたいところですが…。」

「わかってる、増援だろう?オードブルはおしまい、ようやくメインディッシュだ。」

一般人の理解を得にくいことの一つだが、戦闘狂ほど相手を選ぶ人種もいない。 ネクストがノーマルを一方的に蹴散らす、そんな"余興"に興味はない。彼がこの任務を受けたのは、ひとえに−−。

「来ました、敵増援を確認。旧レイレナード社製自律ネクスト!」

自律型ネクスト。レイレナードと共に潰えたロストテクノロジーを、いつか彼は自らの腕で確かめたいと思っていたのだ。
抑えきれない高揚が、喉を突いて溢れ出す。

「ハ!ハ!ハ!ハ!来たな、レイレナードの亡霊!ちょっと遊んでいこうじゃねぇか!」

レーダーの反応は、遙か上空。

「高高度奇襲です。上方に警戒してください。」

クレイドルでさらに高高度奇襲とは洒落たことを。JUDITHの単眼で大きく空を仰いだ、その時。

「何だ、あれは…!」

コックピットの彼自身も、大きく目を見開かざるを得なかった。余りに奇妙な軌道の流れ星。 空の彼方に無数の白い帯が現れ、一点をめがけて収束し、そして消えてゆく。 彼はすぐに、その収束点がレーダーの敵影、自律ネクストを示す点と一致していることに気付いた。奴が攻撃を受けているのか…?

「こちらACトライホーン。多数の不明機による敵ネクストへの攻撃を確認。何が起きている…。」

「こちらヴィヴィアン。分析中ですが、恐らく敵機のさらに上空から−−はい?インヴェル、少々お待ちを。」

リンクスを最も理解しているはずのオペレーター。だが彼女が次に発した言葉は、インヴェルが何よりも嫌う一言だった。

「敵自律ネクスト、大破を確認。トライホーン、帰還してください。」

返そうとした台詞を押さえつけるように、ヴィヴィアンは指示を続けた。

「これは私の意志ではありません。残念ですが、クライアントの意向です。」

よりにもよって−−と、彼は思ったことだろう。今回のミッション依頼人は統治企業連合、すなわちこのクレイドル体制を築き上げた全企業。 他の弱小企業ならいざ知らず、全人類を牛耳る社長達が雁首揃えて彼を睨みつけているのだ。 わがままが許されないことぐらい、精神異常の彼でもわかる。同時に、クライアントが何かを隠しているということも。

「…『帰還してやる。でかい貸しだ』。企業連にそう伝えとけ。」

「了解です。インヴェル、お疲れ様でした。次回は骨のある任務を請け負いましょう。」
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