1章-1



 その夢を見る事になる日も、西谷一登は普段通りの生活を送っていた。朝7時には家を出る。が、大学には行かない。理由は単純。意欲が湧かないからだ。
 それは勿論、一登だって夢や希望に満ち溢れていた時期があった。しかし、青春と意欲を捧げつくした大学受験は惨敗。一浪した挙げ句、目標の大学に遥か及ばない二流大学に入る羽目となった時、一登は自分に見切りをつけた。所詮、自分には目標に到達するだけの才能など無いと。このまま意思とはかけ離れた場所で生き死ぬのだと。それならば、この大学という場所で勉強をする意味はあるのだろうか。いや、無い。
 こうして一通りの自分を納得させる口実を心の中で組み上げると、一登はお気に入りの場所へ向かった。

 一登は家の最寄り駅の二つ手前の駅で電車を降りた。そこから歩くこと10分。一登は川辺の原っぱに着いた。ここがお気に入りの場所である。
 目の前に流れる史野川の雄大さ、風で揺れる花がもたらす四季折々の香り。ここに寝そべっていると、そうした自然の温もりに包まれて、日々の退屈も憂鬱も忘れる事が出来る。
 こうして、いつもの様に寝転がろうとした時、目の前に人がぬっと現れた。
 上は半そでTシャツに下はジーパン、靴はスポーツシューズという服装。それでいて、女であると主張するかのようなポニーテイル。
 「ん、香乃か。何で、こんな所に居るんだ?」
 こいつは藤村香乃。中学高校と俺と同じ学校に通っていたが、現役で一流大学にあっさり合格しちまった奴だ。俺に渦巻く劣等感の根源である上に、お節介の塊のような奴。よりによってコイツに出くわすとは…。
 「何で、って。ここはうちの大学の近くだからよ。学校行こうと思ったら、見馴れた奴が歩いているじゃない?で、確認にね。それより、あんたこそ何でここに居るのよ?」
 「ハッ、そんなのどうだって良いだろ。」
 どうにも苦手意識やら憂鬱やらが先行して、相手に背を向けるように寝返りを打つ。すると、顔の向いている方にわざわざ回り込んでくる。本当にお節介な奴だな。
 「何よ、折角話しかけてあげたのに。もうちょっと感謝の気持ちを表しなさいよ。」
 顔を背けられたのが余程気に入らなかったのか、頬を膨らませて抗議してくる。
 「別に頼んじゃいないからな。感謝する謂われも無い。」
 もう一度、寝返りを打つ。
 「むぅ…。つまらないなぁ。…久々に弄りがいの有りそうな顔の奴見かけたっていうのに…。」
 香乃がさりげなく不穏な事をボソリと呟く。やっぱそうだったか。油断の出来ない相手だよ、全く。
 「そんな事より学校はどうした?行く途中じゃなかったのか?」
 そう指摘すると、初めて気づいたかの様に
 「あっ、そうだった!じゃ、この続きは次回。覚悟してなさい。」
と言い残すと、走り去っていった。やれやれだ…。
 そういえば、とふと思う。アイツは今頃どうしているのだろうな。アイツも香乃と同じくらいのハイレベルな学校へ入ったと聞いているが、不思議と劣等感は湧いてこない。まぁ、そこがアイツと香乃の違いなんだろうな…。



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