1章-2



 一登は今日も夕方まで川辺で過ごし、帰路についた。
 「ただいま。」
 これまたいつも通り、呟くように言いながら家のドアを開くと、珍しく出迎えがあった。
 「お兄ちゃん、お帰り〜。」
 妹の麻希だ。年は3つ違い。俺とは違って頭は良いし、容姿も端麗、性格も明るい。超進学校と呼ばれる高校に通っているが、成績は常に上位をキープ。学内の激しい成績争いの中でも遊びの心を忘れない明るさがそれを支えているのだろう。きっと、望めばどんな将来も実現できると思うのだが、本人はあまり出世欲がないらしく、普通のお嫁さんになれればそれで良いらしい。
 「おう、ただいま。」
 そう言うと一登は玄関に鞄を置き、居間へ向かう。この時間なら父も仕事から帰り、夫婦で他愛無い話でもしているだろう。
 「母さん父さん、ただいま。」
 居間のドアを開けて中に入ったが、予想に反して居間には母の姿も父の姿も見当たらない。少し見回してみるが、やはり居間には居ないようだ。後ろを向いて、妹に尋ねてみる。
 「なぁ、母さんと父さんが居間に居ないみたいなんだけど。何処行ったか知ってる?」
 「んー、分からない。麻希も今帰ってきたばっかりだから。」
 玄関にある全身を映す鏡を見ながら、麻希は答えた。様子からみて、麻希は二人の姿が見えないことにはあまり興味がないようだ。そのうち現れるだろう、といった感じか。
 しかし、俺個人としては気になるわけで。だから探しに外へ行こうかと思っていたのだが、その時居間の奥の床が開いた。階段を上る足音がして、開いた場所から二人が連れ立って出てくる。
 「おぉ、一登。帰ってきていたのか。」
 「お帰りなさい。」
 「ただいま。」
 父の名は茂。ごく一般的なサラリーマンなのだが、株で一儲けしているらしくよく高価なお土産をくれる。趣味はゴルフで、休日はゴルフをしに出かける事が多い。母の名は智世。こちらは専業主婦をしている。
 まぁ、それはそうとして
 「えっと、そこは…?」
 と、先ほど開いた床を指さして聞いてみる。
 「あぁ、前に言っただろう。地下室だよ。本来なら、地下室へ行く為の空間やらドアやら作るんだろうが、こっちの方が秘密部屋っぽくて良いと思ってな。」
 父が悪戯っぽく笑いながら言った。
 そういえば以前聞いたような気がするな。建設当初は無かったのだけど、日が経つうちに物が大量になって手狭になったので、物置として作ったのだと。普段意識もしないし、出入り口は隠し床だからすっかり忘れていた。
 「そういえば、そうだったね。地下室に居るなんて珍しいけど、何か探し物?」
 「まあ、そんなトコロだよ。厄介払いだ、と無闇に物を押し込んだら、何処に何があるか分からなくなってしまってねぇ。母さんに手伝ってもらっていたんだ。」
 いや、まいったよ、という感じで父が頭を掻くと母も首を縦に振って同意した。

 その後、一登は家族と晩御飯を食べ、風呂に入り、部屋へ戻った。一度は机に向ってみたが、勉強をする気は起きなかった。結局、早々にベッドに寝転がる。
 このままの生活を続けてはいけないことは分かっている。このまま過ごしていても何かが改善するわけでは無いし、今の俺の状態は“甘え”以外の何物でもないから。では、どうしたら良いのか。嫌々、今の大学に通って学ぶべきなのか。それとも正直な事を親に言ってやり直すべきなのか。それとも…。考えは散乱するだけで一向にまとまらない。
 やがて一登は考えるのを止めた。結局今日も結論が得られぬままに終わり、苛立ちの中で一登は眠りに就いた…。



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